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ワーキングホリデーの歩き方①

もう、何年前になるか。

私は、若かりし頃、ワーキングホリデーというビザで、海外に住みながら、仕事をしていた。

ワーキングホリデーとは、観光ビザや学生ビザと違って、海外に一年間滞在できて、しかも仕事もすることが出来るという、国際交流を推進した、ビザなのだ。

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私が、行った時は、「オーストラリア」「カナダ」「イギリス」この三カ国の中から選ぶことができて、国により年齢制限も設けられていた。

その中から、私が選んだ国は、「カナダ」であった。

理由は、スキーが好きだったことと、英語のなまりがあまり無い国であることと、自然が好きだったことぐらいで、単純な理由で、国を決めたことを憶えている。

行く前に、色々なことを準備した。記憶では、

一に、お金を貯めること。これは、残高証明書もビザを取るために必要だったこともあって、150万円程貯めこんだ記憶がある。

次に、英語が全くできなかった私は、最初に語学学校に行かなければ不安であったので、カナダ「バンクーバー」の語学学校の入学手続きを済ませておくことが必要であった。

その次に、ホームスティ先を決めておくことも、重要であった。

もちろん、パスポートや、海外免許、航空チケットなど準備する事は山ほどあったが、全てが楽しくて仕方がなかった。夢に満ち溢れた時間を過ごしていた。

そして、等々行く日が決まり、その日がやってきた。

それはもう、飛行機すら乗ったことが無かった私は、その全ての出来事が、新鮮で、朝鮮で、刺激的で、冒険であった。

ろくに英語も出来ない私が、本当に10時間後には、初の海外。しかも一人。

不安もあったが、それ以上に、楽しみの方が圧倒的に大きな気持となって、私を支えた。

関西国際空港から、「エアーカナダ」でバンクーバーまで、直通で行くのだが、日本の空港内でもわけが分からなくなっていたが、そんな自分を外の自分が、笑いながら飛行機に乗るのである。

ちょろいな「ほりっぽ」何にも知らないバカだな。でも楽しいねと思いながら・・・。

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つづく

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